投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-12-2 0:32:52 (896 ヒット)

話題の盛り上がっている多摩丘陵、小生は、豊田の駅から会社への道の途中、浅川を挟んで、
遠くに多摩丘陵の尾根を見ながら歩いています。
多摩テックの観覧車が見えるので、よこやまのみちは、そのもう一つ向こう側になりますね。

ところで先週は、San Diegoと御前崎へ行ってきたので、写真をUploadしました。
ご覧ください(カテゴリーはSan Digoの海と御前崎)。
一週間の内に、太平洋の向こう側とこちら側を見ることができました。
御前崎の方は、小学校中学校の同窓会で、京都からバスでやってきた組と関東組が合流。
中間でやろうということになったものですから。

ここをクリック 

高岡


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-11-26 19:56:49 (1412 ヒット)


クリックすると拡大





古代甲州道         10/17/2008

古街道研究家と称する人が主催する歴史古道を歩く会に参加してみました。 聖蹟桜ヶ丘を出発点に、明治に作成された1/20000地図で、古代の道を読み解きながら歩くものでした。

「古代甲州道」の言うのはまだ確定されたものではなく、律令国家成立期に国府を結ぶ道として作られたと推測しているもの。
府中(武蔵国府)?聖蹟桜ヶ丘?相模原?津久井湖?大月?甲府盆地?諏訪湖??奈良と想定される道で、最近、徐々にその跡が見つかりだしているそうです。

面白いのは、関東から信州へ抜ける道が、今の甲州街道ルートではなく、相模原を経由して大月へ抜けていること。そしてこの道が、縄文時代の道を引き継いでいると思われること。

縄文時代の道と推定される理由は、縄文時代の遺跡を繋いでゆくとこの道が見えてくることから推定されているそうで、この多摩丘陵だけでも1000箇所以上の縄文遺跡があり、相模原に抜ける大栗川沿い(野猿街道が走っているところ)が特に密集しているそうです。
縄文時代に何故道が?
諏訪の和田峠からの黒曜石・ヒスイと関東の塩・魚介類の交易ルートだったと推定されているようで、多摩丘陵が、関東沿岸の塩&魚の集積地で、山の人との交易場所だったのですね。

この方は、郷土史家というか、在野の歴史家なのでしょう、小さいときから1年中歩き回っているようで、実に何でもよく知っていますね。古い地図を基に歩き回って、そこから昔の姿を見ているのでしょう、体で歴史を感じているよう様子でした。

在野の歴史家であった藤森栄一の「古道」(講談社学術文庫)も、古代の人になった気持ちで書かれたような本で、同じ縄文の古代を扱っても、歴史学者の書く歴史の本に比べ、生きている人の感触が伝わってきて、とても感激したのを覚えていますが、この方にも同じような雰囲気を感じました。

ウォーキングと歴史と両方楽しめて、いい気分でした。次回は鶴川駅から、次々回は高麗駅から、と言うことで、又、歩いてきます。

清水
清水さんはほんとよく歩いてますね。

横山の道はグリーンライブセンタ主催の植物観察会で1回行きました。電車の駅だと小田急多摩線の終点の唐木田が近いようでここから東西につながっているようです。植物観察会でも唐木田から歩きました。
林、池、谷戸とか多摩国際カントリ?の中を通ったりで、植物の好きな人にはいいところです。昔戦車道路といわれ旧軍の戦車の性能テストなどをする道だったそうです。植物観察会は人数が増えたせいか最近は平日になってしまって参加できません。

鈴木


古代の道を歩く会 11/26/2008

最近、「古代の道」を歩く会に参加して、多摩丘陵をよく歩いてます。前々回は、聖蹟桜ヶ丘から乞田川沿いの愛宕あたりまで、
前回は、鶴川駅周辺、そして先日の日曜日は、”さきもりまつり2008”に参加して、国府のあった府中の大国魂神社から、永山付近の”防人見返りの峠”まで歩いてきました。

最後の”見返りの峠”は、多摩丘陵の尾根幹線道路のすぐ隣を走っている尾根道”多摩よこやまの道”でした。(添付)
いい尾根道ですね!
北側に武蔵の国、南に相模の国が見晴らせて、府中から出発した防人たちが、この尾根で武蔵の国に別れをつげる、と言うことで万葉集にもここで歌われた歌が多くあるそうです。

冬のもっと澄んだ日にもう一度、端から端まで歩いてみたいと思いました。真北の晴れた日には、ランドマークとなる日光男体山が見えるそうですね。

清水




わたしも青葉台に住んでました。よこやまの道は町田からちょっと行ったところですね。 昔、柿生あたりは神奈川のチベットと言われてましたが、 尾根はあのあたりを通ってたのでしょうか。

浦田


柿生、鶴川のあたりを歩くと柿の木が多いですね。
たわわに実って、黄葉した木と実の風情もいいですね。
この柿は、”禅寺丸”という種類で、
王禅寺で発見された、日本で最も古い甘柿で、
小ぶりで種が大きが、たいそう甘い柿だと、
郷土歴史家の人が教えてくれました。
最近は、大きくて種の少ない品種に押されて、
市場に出なくなり、こうやって、民家にあるばかりだ、
と嘆いていました。

清水

数日前、柿と便秘の関係を調べてたら、柿の説明がありました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%BF

浦田


甘柿が日本固有の突然変異!とは、知りませんでした。禅寺丸の件も、自慢話かと聞いていましたが、本当だったのですね、・・と言ってもwikipediaだから??

清水

まるで、聖徳太子が実は柿生出身だったような話です。

浦田

古道研究家から聞いた話をもう一つ

多摩丘陵は、縄文時代からの古道が縦横に走った一つの交差路のような場所だったそうで、色々な古道が残っていて、近いところでは、新撰組の土方たちが出稽古に通った道とか・・。

「聖蹟桜ヶ丘」の駅名の由来をご存知ですか?聖跡の名のとおり、かつて明治天皇の行幸があったゆかりの地で名前がつけられたそうです。元々、八王子から町田の方面は、江戸時代から絹の集散地で栄え、明治になってからも鉄道計画までできたのに、錆びれる一方。
理由は、当時多摩地区では直ぐに刀を振り回す新撰組の残党が跋扈し、薩長政権の明治政府としてはアンタッチャブルの状態で多摩地区を避けたため。そこで、多摩地区も安全だということを示すために地元の要望で、明治天皇の行幸が実現したのだそうです。

その頃からの、触らぬものに祟りなしで、”チベット”化したのですかね。

清水


「よこやまの道」を、早速歩いてきました。 2008?11?30

木原です。お世話になります。 ところで、今日は天気が良かったので、今話題が盛り上がっている、「よこやまの道」を、早速、歩いてきました。
モノレールで多摩センタ、そこから小田急で唐木田にゆき、唐木田からのルートで若葉台の駅まで。約2万歩。
尾根道からの眺望もよく、また、防人や鎌倉武士たちが行き交った道と思うとなかかよかったです。

写真をUPロードしました。ここをくりっく

木原



青葉台に住んでた当時、いまのような知識と余裕があれば、サラリーマン生活にもだいぶましだったろうと思います。 せいぜい 時々町田のデパート、こどもの国、向丘遊園地にいってたくらいで、毎日毎日鴨志田にある研究所に通ってて、土地のことは何も知らなかったし、土地の人たちとの交流もなかったですね。研究所に土地を売って守衛等になった人たちが唯一地元との接点だったのでしょうか。 日本最初の甘がき発祥地、新撰組の残党が跋扈、となると充分観光地になりそうな雰囲気ですね。

浦田
とうとう師走を迎えてしまい、気ぜわしい毎日でございます。
お障りなくお過ごし遊ばされますか。ずっとご無沙汰ばかりで申し訳ございません。

横浜のチベットが青葉台とは、聞いておりましたが、それがあの辺りだったなんて、知りませんでした。今では、バッタも飛ばない中途半端な東急タウンになりました。そういえば、子供がよく古墳群に遠足に行ってましたね。

最近、理事会で聞いた話では、家のマンション付近は、鎌倉街道沿いで、ゴミ捨て場のある所が処刑場だった由。娘がよく北の部屋で金縛りになってましたが、感じやすい
他のお宅の方も何人かそうだそうです・・・。感じやすくなくてよかった・・です。

駅前の一番高台がそういう所で、触ると罰があたるとは、以前、聞いた事があって、だから何も建ってないのねと納得してましたが、とうとう開発されつつあります。
知ーらないっと・・・。
            
磯部


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-11-25 4:21:48 (845 ヒット)

クリスマス近い多摩センター

ここをクリック

自分で言うのもなんですが多摩センターは気に入っています。移れずに20年経ってしまいました。
公団が撤退して民間に任せるようになってどうなることかと思いましたが、
このところ民間の大型マンションがにょきにょき建って空き地が少なくなり、人が増えています。
朝出かけるときに学校へ行く子どもが沢山歩いてくるのでびっくりです。京王線の混雑もひどいです。
徒歩5分のところに大型ショッピングセンターができて女房と喜んでいますが、徒歩10分の駅近くにも
幾つかスーパーがあり、さすがにいつまで持つか心配です。せいぜい利用するようにしています。

初冬の富士 車窓から

車窓からの初冬の富士を投稿しました。ここをクリック 

富士山付近は雲が多く、霞がかっていることも多く滅多にきれいに見えないです。
見える時は電車をゆっくり走らせたりして欲しいですね。邪魔な防護壁、
電線などをのけるなどのことはできないものですかね。



投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-11-16 20:15:12 (846 ヒット)

皆さん

先日公用で宮古に行ってきました。東京から盛岡まで2時間半くらいかかるのですが、宮古は盛岡からローカル線でさらに2時間半ほどかかるところです。途中対抗列車にカモシカがぶつかったりして、随分時間がかかりました。そんな所です。魚は美味かった。

宮古の浄土ヶ浜は美しいところです。
北山崎からの三陸海岸眺めは大変よかったのですが、曇り空だったので写真はシャープさが不足しました。
龍泉洞は地底湖がすばらしいのですが、写真は駄目ということで、一枚も写真はありません。
龍泉洞から盛岡までは直行で2時間かからないくらいの距離ですが、ゆっくりとあちこち寄り道しながら行きました。
途中の景色は懐かしい感じがしませんか? 盛岡の手前30分くらいのところに岩洞湖という湖がありました。人も殆どおらず静かで気持ちのよい所でした。
報恩寺の五百羅漢はじっくり見ているとみな表情や仕草が違い、面白いものでした。五百羅漢というのはあちこちにあるそうですね。
岩手県立美術館というのは大したもので、建築そのものが立派でした。ヘンリームーアの彫刻があったので写真に撮ってみました。
岩手県出身の船越保武という彫刻家の作品が印象的だったので、そのうちのひとつを掲載してあります。
この近くに岩手県人の有名人を顕彰した記念館があって、米内光政とか金田一京助といった人々の業績が展示されていました。なかなか興味深いものです。

そういうわけで久しぶりの一人旅を楽しみました。ゆっくり写真など撮りながらののんびりした旅は病みつきになりそうです。

写真をurata123に登録してありますので、お暇なときに見てください。

千谷


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-11-15 6:31:46 (751 ヒット)

清水さん、木原さん、みなさん

三千院に行きましたが、JR東海の「そうだ、京都行こう」の宣伝に使われているポスターは多分11月末のもので、その頃は真っ赤になるのでしょうが、小生が行ったのは11月2日、まだ全体に緑が勝っていました。木原さんの琵琶湖と同じくらいですね。浮御堂の写真、風情がありますね。

三千院の写真、Uploadしたので、ご覧ください。


それから、11月の4、5日と榛名山を抜けて薬師温泉というところに行ったので、

こちらの方もUploadしました。

榛名山の方は、紅葉が色付いていて、結構きれいでしたよ。


高岡


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-11-15 3:11:29 (822 ヒット)

先週末、名古屋に出張の機会があたので、週末を利用して一泊で琵琶湖に行きました。

これといった写真はありませんが、添付します。

鐘の三井寺、石山寺、いずれも紅葉が有名だが、まだ、季節が早すぎた。
そして湖北の木ノ本か石道寺、向源寺。ここらは、観音の里として有名。
国宝の十一面観音を見てきました。
今回、鮒ずしというものを食べたのも初体験。
琵琶湖近辺の新しい発見があり、なかなかよかったです。お薦め。

木原
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木原さん

”鮒ずし”どうでした?
とっても臭くて食べれなかった!と言う人がいて
まだチャレンジする気になってませんが。

琵琶湖周辺はよかったですか。
昨年、湖東三山を廻ったときに、もみじが多かったので、
紅葉の季節にまた出かけて来たいとおもったので、
チャンスを見ていますが、今年実現できるか??
京都の紅葉は12月初前後なので、琵琶湖周辺もそうなのでしょうね。
鳥居観音も、上のほうは盛りを過ぎ、麓が盛りの状況でした。

琵琶湖の周りは散在しているので、交通の便が悪く、
湖東三山も自転車を借りて3箇所廻るのがやっと、でしたが、
なにかいい手がありますか?

清水
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清水さん、皆さん

鮒ずしの味、なかなか表現難しいが、卵を抱いた鮒を一年以上かけて
発酵させたものなので少し酸っぱい感じ。
何か果物のような味もする不思議な食べ物。
大津地区で探したが、鮒ずしは湖北のものとのことで大津では見つからず、
翌日、湖北地区でようやく鮒ずしのお茶ずけを食べることができた。

琵琶湖周辺は初めてで、交通網が良く分からなかったので、レンタカーを
使いました。日程の概略は下記。もう少し時間の余裕が欲しいと感じました。

土曜日に東京出発して新幹線で京都へ、そして京都から大津へ。
大津で、三井寺と石山寺を訪問してその日は大津泊。
翌日曜日は、朝、名神高速道から北陸高速道で木之本ICへ。
石道寺と興源寺で十一面観音を見学。鮒ずしの昼食。
帰りは湖北から湖西へ回り浮御堂に寄って大津へ。そして、
JRで大津から京都経由で名古屋へ。
月曜に仕事があったので日曜はそのまま名古屋泊。

名所の三井寺、石山寺は、残念ながらまだ紅葉には早すぎ。
11月の末から12月頃が見ごろ、とのことでした。
また、湖北地区では紅葉がようやく始まったころでした。

そういうわけで、肝心の紅葉の写真はとれず、また観音様は
どこも撮影禁止なので、これといった写真はありませんが、
添付します。

木原
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投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-11-12 23:01:50 (852 ヒット)

ハロウィーン等、晩秋から初冬の状景 北カリフォルニア

ここをクリック


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-11-12 22:51:48 (770 ヒット)

みなさん、秋風を感じながら、秩父の七草寺を廻ってきました。2008?9?13   

写真をULしたのでご覧ください。 ここをクリック


秋の七草は、学校教育のおかげで、名前だけは知っていても、
現物はおぼつかなく、いい機会と出かけてきました。
元々、西武鉄道が企画した七草寺めぐりなのですが、
当日は都合が悪いので、勝手に同じコースを廻ってきました。
(元々、参加費無料の、鉄道を使って!の企画ですから)

廻った寺は、以下。現地でも、七草寺として案内が出ていました。
 道光寺:尾花
 遍照寺:葛
 洞昌院:萩
 多宝寺:桔梗
 法善寺:藤袴
 真性寺:女郎花
 不動寺:撫子

いづれも、春に廻った秩父34札所からは外れていて、
秩父は、とにかくそこいらじゅうにお寺がある。

お寺と花の写真をULしておきました。

天気が気ままに変化するので、まだ猛暑なのか、すでに秋になったのか?
と言った最近ですが、この花を見ていると、秋ですね!

清水
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秋の花 2008?9?21

写真をULしたのでご覧ください。 ここをクリック

清水
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みなさん、紅葉を見に、飯能/名栗渓谷の奥にある鳥居観音へ行ってきました。 2008?11?13

写真をULしたのでご覧ください。 ここをクリック


北野武の映画「ドールズ」を覚えていますか?
見ていなくても、TVの宣伝で見た記憶があるかと思いますが、
真っ赤な紅葉の林の中を、繋がれたひもを引きずりながら、
真っ赤な服を着た女がとぼとぼ歩いている映像を覚えていませんか?
あの印象的なシーンの撮影場所が、鳥居観音と知って、
晴れの日を狙って、行ってきました。

奥武蔵の山々は、針葉樹の植林のため、貧しい植生の山ですが、
ここは住職(?)が、真っ赤なもみじを選んで、こつこつと植えてきた
のだそうで、本当に真っ赤なもみじでした。


満開のソメイヨシノを感激して写すと、真っ白な雲が写っているだけの
つまらない写真になるのと同じで、
真っ赤になったもみじを写しても、赤がべったりになるだけ、
どうにも綺麗!が伝わりませんね。

やはり千谷さんのテクニックが必要ですね。

兎に角、真っ赤だった証拠の写真をULしておきました。


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-8-30 0:33:48 (1004 ヒット)

皆さん、

トルコの写真をULしました。 ここをクリック

遺跡ばかりで、写真ではあまり面白くないかもしれませんが、
ご覧下さい。

ヒッタイトの遺跡へも行きたかったのですが、東部の危険な地帯に近く諦めました。
イスタンブールを出たその日に、アメリカ大使館の所でテロ騒ぎが起きました。
今ロシアと争っているグルジアを始め、アルメニア、アゼルバイジャン、イラン、イラク、シリア、・・
と東側で接している国ですから。

以下、写真の説明:

トロイ遺跡
トロイの遺跡から外を眺めた景色。城壁の外に見える綺麗な農村は、古代は海で、トロイ戦争の時は、映画で見るように、この城壁の前まで海で、ギリシャ軍が上陸してきた所。
古い時代(紀元前3000年)からの9世代の都市が重なった遺跡で、有名なトロイ戦争の時代は6層目の都市だそうですが、複雑で区別がよくわからなかった。
トロイが栄えた理由は、ここがダーダネルス海峡通過の入口=基地(季節風を待つところ)だったからで、海が埋まって港の役割を果たせなくなったところで、トロイの町は滅亡した。

ペルガモン遺跡/アクロポリス
ここは、ヘレニズム時代の遺跡。千谷さんが推奨していたベルリンのペルガモン博物館は、ここの遺跡をそっくり持ち出して作られた博物館。したがって、見事な遺物はベルリンに行かないと見られない!
ペルガモン博物館にあるあの巨大な祭壇は、このアクロポリスから少し下った所に、跡だけが残っていました。

ペルガモン遺跡/劇場
ローマ時代以前の劇場は、みなこの様に山の傾斜を利用して作られており、どこも見晴らしが素晴らしかった。

ペルガモン/アスクレピオン遺跡
古代ローマ時代の総合医療センター。治療施設から、図書館、劇場までそろっている!現代でもこんなに立派な施設のそろった医療センターは無いのでは。

エフェソス遺跡/劇場
エフェソスは古代ローマ時代の遺跡で、古代な巨大都市の一つ。まだほとんどが未発掘といわれているが、それでもポンペイ遺跡よりも大きい広大な遺跡でした。
この写真の劇場は、大き過ぎて、遠くからしか全貌が写せなかった。劇場の中段にいる人が小さくみえるでしょ。収容人員2万4千人だそうです。

エフェソス遺跡/図書館
とても優雅な建物でした。

アルテミス神殿跡
世界七不思議の一つアルテミス神殿の跡。ギリシャ時代の遺跡で、エフェソス遺跡の郊外にあり、壮大であったであろう古代を偲ばせるものは今は無く、柱が一本だけ残っているだけでした。その頂上にコウノトリが巣を構えていた。(わかりますか?)

聖母マリアの終の住みか
エフェソス近くの小山の上に、ヨハネに伴われて聖母マリアが最後に隠れ住んだ所と言われている所。
エフェソスは、古代アナトリアのアルテミス信仰(豊穣の神)の中心地だったのが、聖パウロ、ヨハネによる初期キリスト教の中心地に変わっていった。

パムッカレ/石灰棚(1)
遠くから見たときは雪が残っている!と見間違えた、巨大な石灰棚。この数年で水量が減り、土が見えだし規模が縮小し、少し汚くなっている。以前は、全くの「白い世界」と、空を写した「青い水棚」、だったそうです。現実離れした所です。

パムッカレ/石灰棚(2)
昔はこの様な水(温泉)を一面にたたえていたそうですが、最近、水が激減し、干上がった棚になっている。

パムッカレ/ヒエラポリス遺跡
パムッカレの石灰棚の上にあるローマ時代の都市遺跡で、大きな温泉浴場や劇場などもある。アスクレピオンの医療施設に入れなかった人々(回復不可能と判断された人々)は、この温泉地に療養にきたそうで、隣に広大な共同墓地が残っている(回復不可能な人が多く来たので)。

ペルゲ遺跡
ヘレニズム?ローマ時代の遺跡。広々とした台地に、神殿跡や、格闘技場跡など、無造作に放置されている。

アスペンドス遺跡
ギリシャ時代からの遺跡で、この劇場はローマ時代のもの。最も保存状態のいい劇場と言われ、観客席から舞台裏までよく残っている。現在でも毎年、憧れのオペラ・フェスティバルがここで開かれるとのことで、、2万人近くの収容可能だったそうです。巨大。

キャラバン・サライの入口
シルクロードの隊商宿。アナトリアは広大な荒野の平原で、ここは西部劇の砦と同じ。40Km毎に設置され、ここに兵士も駐屯していた。
西安から始まったシルクロードはここを通ってイスタンブールまで。

カッパドキア
奇怪な風景。先史の時代から洞穴を掘って人が住み始め、迫害から隠れ住んだり、修道僧の場所となったりして、現在まで続いているそうです。現在も、洞窟にすんでいる人々もいて、中を見せてもらいましたが、結構涼しく快適な空間でした。
宮崎駿のアニメの世界みたいでした。

塩湖
アクサライからアンカラへ向かう途中にあった、巨大な塩湖。琵琶湖の3倍の巨大な湖が、夏には完全に干上がって塩の大地になる!一面の真っ白な、不思議な世界でした。冬になるとこの広大な塩の大地が湖に戻るそうです。

イスタンブールの眺め
ガラダ塔からの眺め。
手前右端が金角湾に架かるガラダ橋(金角湾は右側奥に広がっている)。
島のように見えるところが旧市街で、左端にトポカプ宮殿、中央がアヤソフィア、右がブルー・モスク。
左手奥がボスポラス海峡に繋がっており、上側奥がマルマラ海。
塩野七生「コンスタンティノープルの陥落」の世界が一望できた。

イスタンブール市街
イスタンブールで一番にぎやかな所。アジアとヨーロッパの接点。
アジアを感じた、インド、エジプトと同じように人が密集しているが、
しかも95%以上がイスラム教徒であるのに、カイロとは全く違う。
ヨーロッパの都市と似たような服装と顔立ち。

アタチュルク霊廟
トルコ共和国初代大統領アタチェルクの広大な霊廟。いまだに尊敬を集め、毎日大勢の人が来ているとのこと。霊廟の中は、アナトリア文化、ギリシャ文化、ビザンチン文化、イスラム文化を共存させた独特の雰囲気があった。

コンヤ/旋舞
イスラム神秘主義(メヴラーナ教団)の霊廟が、教団が解散させられて博物館をなっている。この教団の踊り(旋舞)は、エジプトでも見たが、ここで本物を見ることができた。

サフランボル
町全体が世界遺産という古いままを残した、とてものゆっくりできる田舎の町。

以上。

清水
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清水さん

トルコの写真、見せてもらいました。
トルコにこんなに遺跡があるとは、驚きですね。
言われてみれば、確かに、東西文化のクロスロードで、
石造りの文化だから、遺跡があるのは、当然なのでしょうが。
カッパドキアは、よくテレビなどでも見ますが、今でも住んでいるというのは、
信じられないですね。
遺跡もいいですが、最初の写真の、緑とお店の色鮮やかな取り合わせが
とてもきれいに撮れてますね。

高岡
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清水さん

トルコの写真拝見しました。

今丁度塩野七生さんの「ローマ人の物語」の第12巻を読んでいるところですが、この辺りがローマ帝国の東方政策の中心地帯だということがよく分かるので、身近に感じられます。ヨーロッパのあちこちに加えて中近東にもこうした立派な遺跡が沢山あることを思うとローマ帝国の凄さと歴史を感じます。
カッパドキアはテレビでもよく放映されていて、トルコ旅行の定番になっているようなので知っていはいましたが、遺跡ではなく今も人が住んでいるとは驚きです。バムッカレの石灰棚も美しい風景が放映されていたのを鮮明に覚えていますが、ここも水が涸れてきているとは残念なことです。聖母マリアの終の住家というのは知りませんでした。有って不思議はないですが、聖母が急に人間くさい感じがしました。
ベルガモンもベルリンで展示を観た時は「ヘーッ、古代にそんな王国があったんだ」程度の感想でしたが、塩野さんの本を読んでからローマ帝国属州として重要な位置にあったことが理解できてこれも身近に感じるようになりました。

写真を拝見すると、ご夫婦二人の旅行に見えますが、ツアーに入ってはいないのですか?小生たちは欧米は問題ないですが、それ以外はツアーでないと心配です。

千谷
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清水さん

トロイの遺跡に立ったときの感慨はいかがでしたか。ここで3000年前戦争があったんですね。吉野ヶ里のように復元されてないようですね。たしか木馬は復元されてるんですよね。
どこも青い空が印象的ですね。
アタチュルク霊廟は個人崇拝にならないんでしょうかね。
ペルガモンの劇場遺跡はケーブルカーでもあるんですか。自分で登ったのだとしたらすごい体力ですね。
そんなことを考えながら楽しませてもらいました。
元気なうちに行ってみたいですね。

鈴木
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千谷さん

ツアーで行きました。
初めての国は、ツアーがいいと思いました。
エジプトも、トルコも、日本語の上手な、国の資格を持ったガイドが案内になります。

彼らは、自国をよく知ってもらおうと非常に熱心で、また、日本に滞在経験があり
日本ではどのように誤解されているか、もよく知っているので、
的確に答えてくれます
エジプトのガイドも、トルコのガイドも自国の歴史に思い入れがあって、
西洋流の歴史で誤解されているところを、必死に訂正しようとしていました。
ということで、最初は、ツアーがいいと思います。

また、遺跡をめぐるなら、最長のコースでゆっくり回るのがお勧めです。

清水
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清水さん

そうですよね。欧米以外は言葉もなかなか通じないでしょうし、勝手も違うのでちょっと度胸がありません。これまでは単独旅行だったのですが、ツアーもこれからは視野に入れて範囲を広げてみます。

千谷





投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-8-8 20:45:37 (1063 ヒット)

皆さん

北アルプス、針ノ木方面を縦走してきました!

昨年、雨のため一日で下山となったったので、今年は、
梅雨明けの快晴が続く時期を狙って計画したのですが、
梅雨明け後も前線が居残る不安定な天候で、一日早く諦めて、
2泊3日の縦走でした(本音は、体力がもたなかった!)。
男3人、合計年齢190歳。
何十年ぶりかで北アルプスを満喫してきました。

針ノ木は北アルプスの中央に位置するので、晴れれば、
白馬から槍・穂高まで全部見え、正面には黒部湖を越えて、
剱・立山がドーンと見えるはずでしたが、
雲や霧に阻まれて、一括のパノラマは見られず。
一瞬の晴れ間に、”見えた!見えた!”
と縦走を楽しんできました。

気分は学生時代でも、やはり、体力は戻らず、
結構、ばて気味でした。
それでも、200歳記念は何処にしようか、
既に思案中。

写真をULしました。ここをクリック 

人を気にせず、目の前に出て来る雷鳥親子の動画
も入れておきました。ご覧下さい。

動画 1 ここをクリック
アップルはここをクリック。 

動画 2 ここをクリック
アップルはここをクリック。 

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清水さん

北アルプスの写真は素晴らしい!!すごくよい天気だったのですね!
すがすがしい空気と光を感じます。
こんな写真を見ると、私も登ってみたくなります。(でも膝とか足とか大丈夫
だったのですか?日頃の訓練の成果ですね)。縦走路なんてほんと命の危険が感
じられました。私ももう少ししたら(足腰の訓練した後・・(いつになるか
な?)登りますよ?!

(ビデオはMacのため環境がそろっていず、観る事ができませんでした。)
桑原
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清水さん

写真と動画拝見しました。

雷鳥がまったく物怖じしないで人に近づいてくるのは本当に可愛い様子ですが、それが仇になって絶滅したりしないか気になりました。若い頃北岳に登った時にたくさん雷鳥がいたのを懐かしく思い出します。

アルプスの山々は素晴らしいですね。縦走路を見ているだけで、今ぎっくり腰の身には腰が痛んだきます。少しトレーニングをすればまた登れるかなあ。それにしても今日もニュースでお年寄りがアルプスで亡くなったと言っていました。行くなら万全の準備と決して無理をしないという心掛けが必要ですね。

千谷
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清水さん

北アルプスの写真と動画、見ました。

写真もすばらしいですが、多分、実際は写真よりずっとよかったんだろうと思います。
眼下の黒部湖など、息を呑むくらいの景色だったのでしょうね。

しかし、貴兄の体力と気力には、全く敬意を表します。
小生、最近ほぼ毎朝散歩をしていますが、これが一日中となると、とてもとても。
景色は見たいですが。。。

雷鳥の親子も、可愛いですね。
これが、冬になると色が変わるとは、信じられません。

ところで、トルコの写真はいつ掲載されますか?

高岡
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千谷さん

雷鳥は、霧がかかると出てくるものだったのに、
今回の雷鳥は晴れた天気にでてきたのでびっくりしました。
人に驚かないのは、ここの人通りが少ないせいかもしれません。
昨年の燕岳のあたりは、頻繁に人に会うのですが、
針ノ木あたりは穴場で、初日はほとんど人に会わず、心配したぐらいでしたから。

今、雷鳥は激減して、北岳付近では絶滅したと言われています。
原因は、サルが、高山へも進出し、雷鳥を襲っているため、
と言われています。
麓で人を襲うだけでなく、アルプスで雷鳥狩りまでしている!!

清水
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高岡さん

毎朝散歩していると言うことなので、1年も経つと、すっかり体も変わりますよ。
来年、一緒に行きませんか?

昨年、一日で下山した時、年のせいで、足の疲労は帰宅した時ではなく、
翌日以降が堪らなく痛かったのですが、
今年は、そんなこともなく、翌日から散歩したり自転車に乗ったりしています。
多分、この1年で随分体力が回復したのだと、思っています。

トルコの写真ですが、今回は、ビデオを中心に、70GBぐらい撮ったのですが、
ビデオを見るには今のPCでは力不足。最新性能に変更を検討中で、
写真もそれからになりそうです。

清水
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千谷さんの花火の写真、高岡さんの杭州西湖の写真を観せてもらいました(時期
遅れですみません・・)。

花火は美しいですね?!写真の事はよくわかりませんが、よくこんなに夜空のな
かの一瞬の光が写真に撮れたと思います。(そういえば花火も久しく観ていな
い・・。狩野川ってどこなんだろう・・)

杭州西湖の写真は興味深かったです。蓮と屋根の形がやはりアジアですね。中国
は香港以外行ったことがないので、映っている人の姿にも興味がありました。や
はりショートパンツをはいているんだとか、人が多いけど休日なのかな、とか思
いました。

浦田さん>
WindowMediaPlayerのdownloadをして、もう一度雷鳥のムービーをクリックした
ら、何も表示されず、プラグインをドウンロードするならこれをクリックという
のでやってみたら、FlipMac2.1というのが出てきたのだけれど、利用できませ
ん、と表示され結局成功しませんでした。何か分かったら教えてください。

桑原尚子





投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-8-7 2:13:52 (839 ヒット)

皆さん

先週家族を連れて沼津の狩野川花火大会に行ってきました。そこで撮った花火の写真をアップしましたので見てみてください。 ここをクリック

昨年は見事に失敗した花火の写真を今年こそは撮ってやろうと準備して臨み、初心者のものとしてはまあまあのものが撮れました。花火の写真というのは案外難しく、それなりの準備が必要です。今年はどうすればともかく写真が撮れるかが分かったので、来年は構図やタイミングなどさらに工夫をしてみるつもりです。専門家のように撮るには最初から良い場所にカメラを設置しなければならないのですが、これだけはあてがわれたもので満足するしかないので、その範囲でいろいろ工夫しみるつもりです。

酷い暑さが続いていますが、みなさん夏バテなどせぬよう頑張ってこの夏を乗り切りましょう。

千谷
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清水さん

花火の写真は前にご説明したようにちょっとテクニックが必要です。昨年撮ったものは全敗で、今年は下調べをちゃんとやり、さらに昨年の失敗からいろいろノウハウを得ました。たとえばアングルファインダー(ファインダー接眼部につけて視野を直角に曲げるアクセサリ)、懐中電灯、レリースなどが要ります。懐中電灯がないと夜中の撮影は本当に困ります。やってみないと気がつかない部分です。その辺の準備があれば後は先日お話したような設定(シャッター:バルブ、絞り:11?16程度、ASA:100、焦点:無限遠など)で撮れます。シャッターの開放時間、タイミングそして構図が腕の見せ所ということになります。幸いデジカメだとめったやたらに撮れるし、モニター画面で大凡の結果は分かるので慣れは案外早かったです。

狩野川は伊豆の真ん中辺、天城山に端を発する川で太平洋側では確か唯一の北に向かって流れる一級河川です。沼津市で大きく向きを変え駿河湾に注ぎます。長さも短く比較的流れが速いので水は綺麗で、伊豆では鮎釣りが盛んです。急流であるため伊豆で時折降る豪雨でかつてはよく氾濫し、とくに1951年の台風の時大きな被害を出し、この台風は「狩野川台風」と名付けられました。今は中流の伊豆の国から直接駿河湾に注ぐ狩野川放水路ができ、大きな水害はなくなりましたが、それでも放水路より上流ではときどき水害が発生し、一昨年も修善寺で大きな被害がありました。

狩野川の花火は、静岡東部では熱海の花火と並んで有名なもので、狩野川がもっとも大きく湾曲しているあたりの沼津市の中心街近くで催されます。 ここ10年近く孫子を連れて毎年見に行くならわしになっています。三島の鰻や沼津の鮨を楽しんだあと花火を見に行くという趣向です。子供たちには結構人気の行事です。

以上狩野川のお話でした。

千谷


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-8-5 16:17:00 (1070 ヒット)


2006年来、北加においては原爆被爆者の皆さんの極度の高齢化、減少で、慰霊祭は中止となっています。
今年は過去の慰霊祭への献花のためのアレンジメントの記録をまとめて、
1ページの html をつくりました。 写真の方々は奉仕と勉強をかねて、
アレンジメント作成にかかわった生徒さんと先生です。             合掌

アレンジメントの写真をクリックすると拡大します。 人物写真は拡大しません。



1 2000年 メモリアル


2 2000年 メモリアル  


3 2000年 メモリアル  



4 2000年 メモリアル  


5 2005年 メモリアル  


6 2005年 メモリアル       

 

7 2006年 被爆者食事会の様子 1
  会員減少のためメモリアル中止 


8 2006年 被爆者食事会の様子 2
 メモリアル中止


9 2006年 被爆者食事会の様子 3
 メモリアル中止



10 2006年 感謝状授与


11 2006年 


12 倉本寛司さんの著書 ? 自費出版

 

参考
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
倉本寛司 「私とアメリカの被爆者」
目次
ーーーーーーーーーー
父を探して
協会設立と組織
検診医師団
加州議会での法案
ワシントンへの働きかけ
沢山の支援者
医師法
表敬訪問
協会分裂
被爆者と将来

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
袖井林二郎 「私たちは敵だったのか」 岩波同時代ラブラリー 増補新版

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
上坂冬子 「生き残った人々」 文春文庫

music "Wave -- Brazilian Jazz"
played by http://www.shoheiurata.com


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-7-26 1:53:34 (1694 ヒット)

小生は、リタイアして、現在、transientの過程で、今週は、1回会社に行ったのみ。清水さんの言っていた、すぐに家を出たくなる、という意味がわかりますね。 というわけで、いつものように5時半起きで、家を出て朝1時間ほど散歩。散歩している人が多いのに驚きました。 来週は、台湾へ新社長と一緒に挨拶回りで、これが最後の海外出張になるはずです。今月初めは日曜から土曜まで、北京、上海、杭州、深セン、広州、香港と駆け足で廻ってきましたが、とにかくどこも暑い。

杭州の西湖で撮った蓮の花がきれいだったので添付します。 数年まえの写真も添付しました。 ここをクリック。

実は、この日(7月9日)、朝6時からこの西湖の周りを一周、2時間半かけて散歩しました。そのときの写真です。1時間半くらいで一周できるだろうと思っていたのですが、行けども行けども元のホテルにたどり着かず。。。
9時にお客がホテルロビーに迎えに来るので、あわててシャワーを浴び、やっと間に合ったという、思い出の蓮です。

高岡

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投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-7-17 6:38:14 (1147 ヒット)


池袋ミニオフ会の動画 2008-07 (杉本さん、浦田)と 写真(浦田)を掲載しました。


杉本さん動画 ここをクリックしてください


浦田動画 ここをクリックしてください


ホームページに戻ります。


写真はクリックして拡大してください。


1 名古屋ミニミニオフ会 高島屋 資生堂パーラー

浦田、富田

2 池袋オフ会 池袋メトロポリタンホテル 花むさし

深田、石黒、糸川

3 池袋オフ会 池袋メトロポリタンホテル 最上階喫茶店

深田、小野原、斉藤、石黒、糸川



投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-6-25 10:33:16 (958 ヒット)

中国の、Gongyi(日本読み キョウギ) 市というところに急遽出張でいってきました。 
写真は以下をクリック
http://www.urata123.com/modules/xcgal/displayimage.php?pid=176&album=9&pos=0

キョウギ市はいわゆる中国中原の河南省にあります。 このあたりは中国文明発祥の地で 近くに殷の遺跡 西へ70kmで洛陽、竜門石窟、南へ(?)一時間ほどのドライブで、禅宗の開祖の達磨大師、カンフーで有名な少林寺、東へ50kmで 開封(中国でも最も歴史が古い都市の一つであり、北宋代に首都となった)、にいたります。 Gongyi市は 杜甫の出身地で 北宋の墓陵がありました。 Gongyiの漢字については 以下参照。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9E%8F%E7%BE%A9%E5%B8%82 
説明は以下参照。
http://en.wikipedia.org/wiki/Gongyi
黄河の流域に発生した古代文明はアジアで近くなのにエジプト文明ほど良く知らないことがわかる。

司馬遼太郎氏によると中原は蛮族の侵入が繰り返され文明の衝突と相互作用で著しい発展を遂げた。 万里の長城の構築の後は、この進入がなくなり中国文明の発展速度が停滞的になったということ。 ヨーロッパと比べると彼のいうことはあたってるなあと関心してたのですが、 五代から宋の興亡と北の部族との同盟衝突を読むと、彼の慧眼に感心する。

清代後期の大富豪、康百萬の屋敷(KangBai wanis Mansion)も訪問した。 アメリカのカリフォルニアにあるハーストキャッスル相当ですね。 成金趣味はどうもいただけません。 観光スポットとしては 4星マークでオリンピック時に観光客が押し寄せる期待があるそうです。



投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-3-23 18:50:56 (1007 ヒット)

第1回?秩父札所巡り

皆さん

いつかは”四国八十八ヶ所巡礼”をしたいと思っているのですが、
全長1300Km、50?60日かかると聞いて、まだ決心がつかず。
その練習として(?)、
秩父34ヶ所札所巡り”をする事にしました。 写真はここをクリック

と、言っても、西武鉄道が電車活用を狙ったハイキング企画に
乗っかるだけですが。
全7回に分けて、34ヶ所を回る企画で、参加自由の参加費=200円/回。

で、昨日(3/23)の第1回に参加してきました。
歩き巡った証拠として、毎回、札所のお寺の写真を随時、ULしてゆきます。

第1回の本日は、
1番:四萬部寺
2番:真福寺
4番:金昌寺
3番:常泉寺
18番:真門寺

流石に江戸時代から流行った巡礼道なので、良く整っています。
道沿いに民家が植えた梅林があちこち満開でとても良かったです。
生憎、花粉症でマスクで完全防備していたので、
香りを楽しむことができず!
梅の写真を何枚か入れました。

それと、SLが走っていたので、パシャ!
C58ですよ!
秩父鉄道が、前日の3/22から、土日に1往復
走らせ始めたところだったそうで、
何とも運が良かった!

清水

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清水さん

いろいろな巡礼コースがあるのですね。伊豆地域でも巡礼コースを整備しているようです。いいですよね、こういう巡礼コースがあちこちにあるのは。あまり有名でなくてもよいお寺がありそうです。日本にも行ってみたいところが山ほどあります。それにしても随分賑わっているようです。多くの人々が故郷のような風景を懐かしんでいるのでしょう。梅の写真も綺麗です。花粉症さえなければよい季節です。先週の土曜日にまた公園を犬と散歩しましたが、桜もちらほら咲き始めていました。

蒸気機関車は懐かしいです。幼児の時西宮の鳴尾という甲子園の近くの町から上京してきたのですが、大阪から蒸気機関車に乗って真っ黒になって着いたことをよく覚えています。トンネルの中の煙の石炭の煤けた匂いもはっきりと覚えています。デッキがあって汽車が動き出してから乗ったり、列車の窓を開けて弁当を買ったり(これは違う時の記憶かもしれませんが)小さかったわりには蒸気機関車の旅は記憶に鮮明です。ポエーッという甲高い汽笛や目一杯蒸気を吐き出しながら、シュワーッ・シュワーッとゆっくりと加速していく力強い車輪の回転、そして鉄と油と石炭の交じった何ともエネルギーに満ちた機関車の醸し出す匂い、などと書いていると電化にむやみに腹が立ったことを思い出します。今のところはその気はないですが、そのうちSLの追っかけを始めだすかもしれません。

千谷
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清水さん

まさに 秩父四百八十寺 ですね。 ああ, 弁当もって行楽にいきたい。

浦田
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江南春(こうなんのはる)杜牧 晩唐の人

千里鶯啼緑映紅      せんりうぐいすないて みどりくれないにえいず
水村山郭酒旗風      すいそんさんかく しゅきのかぜ
南朝四百八十寺      なんちょう しひゃくはっしんじ
多少楼台煙雨中      たしょうのろうだい えんうのうち

見渡すかぎり広々と連なる平野の、あちらからもこちらからも、鶯の声が聞こえ、
木々の緑が花の紅と映じ合っている。
水辺の村や山沿いの村の酒屋の目じるしの旗が、春風になびいている。
一方、古都金陵には、南朝以来の寺院がたくさんたち並び、その楼台が春雨の中に煙っている。
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第2回?秩父札所巡り

4/13の「第2回秩父札所巡り」の写真をULします。
あまり面白い写真ではなく申しわかりませんが、記録として。

今回は、8ヶ所を一気に回りました。
 9番:明智寺
 8番:最善寺
 6番:ト雲寺
 7番:法長寺
 5番:語歌堂
 10番:大慈寺
 11番:常楽寺
 12番:野坂寺

今回のキーワードは桜になるか?と思っていましたが、
今にも雨が降りそうな曇り天気で、
冬に戻ったような寒さ・・・。
道沿いの家々には色とりどりの花が咲いていたのですが、
長閑な春の歩きにはなりませんでした。
残念!

秩父と言うと、”秩父困民党”ぐらいしか
思い浮かばなかったのですが、
ここは「和同開珎」の銅が採れただそうで、
あんな昔に、こんな所でどうして銅が見つけられたのだろう?
・・と色々歩きながら考えてしまった。
農耕の始まりは、色々科学的な解明が進み、なるほどと思える
起源のモデルがでてきているが、
鉱石はどうして発見されのだろう?
皆さんご存じですか?

清水
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清水さん

返事が遅れましたが、秩父は私も少し行きました。
(山登りのついでに)
お寺の是非はともかく「秩父巡礼」という言葉がよいですね。
ところで、四国のお遍路さんですが、姫路の北にある書写山はよいところですよ。
(西国霊場の第27番札所)
下記がホームページ
http://www.shosha.or.jp/

トムクルーズのラストサムライのロケ地でした。
四国に行く途中ですので、若しまだでしたら姫路城見学とセットで
お試しください。このお寺は、平安から鎌倉時代のものらしく、弁慶がここで
修行したとかなんとか逸話が残っています。

ついでに時間があるなら、更に北(日本海に近い)が
和田山の竹田城跡もなかなかです。
こちらは黒澤明の影武者のロケ地です。

http://www.shirofan.com/shiro/kinki/takeda/takeda.html
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先週に引き続き、第3回へ行って来ました。
つまらないお寺の写真になっていますが、
記録としてULしました。

今回は、6ヶ所。
 15番:少林寺
 13番:慈眼寺
 14番:今宮坊
 16番:西光寺
 17番:定林寺
 19番:龍石寺

桜の季節は既に過ぎ、新芽が綺麗な季節になっていました。
山は、新芽の白っぽい緑のパッチワークの様で、
この時期独特の風景ですね。
今回は、町中に近く山が遠いので、良い写真が撮れず、残念。

先週気になった、鉱山の起源に関して、
図書館で色々調べて見ました。
R.J.フォーブスの「古代の技術史」と言う専門書を見つけたのですが、
詳細に記述があるのみで、学術書なので、知りたいことに答えてくれない!
で、以下、私の勝手な推論・・・今週歩きながら考えたこと:

1)1万年前まで古代人は、光り輝く物として金や銀や銅を
個人の宝物として、拾っていた。
(自然界でそのまま金属として見つかるのは、
金、銀、銅であって、鉄は存在しない。)
2)農耕が始まり余剰生産物ができ、富の蓄積とともに、権力が生まれ、
権力者の宝物への要求が、宝探しでの生業を可能とした。
石器時代の加工技術や土器生活での熱処理技術は、
金や銅の加工技術となり、飾り物と道具を生んだ。
宝物と農耕の道具としての金属製品のニーズは極めて強くなり、
鉱物探しは盛んになる。(青銅器時代=ギリシャ神話のアルゴー号の冒険)
しかし、金も銅も産地も量も限られており、まだ貴重品であった。
3)ヒッタイトで製鉄技術がどの様にして始まったか、
まだ解明されていなが、ヒッタイトの滅亡とともに、
その秘密が一気に世界中に広がった。
広く大量に存在する鉄資源は、ローコストで大量の鉄製品を可能とし、
それは強力な武装軍団を生みだし、各国は競って鉄の生産
=軍拡競争に乗り出した。
その結果、雨が過剰なアジア地区を除き、
世界中の森林が切り倒され、山は岩山となった。
4)時代区分で割り振ると
 石器時代 =金、銀=個人の宝物
 青銅器時代=銅=農機具、祝祭器具
 鉄器時代=鉄=武器
5)秩父での銅発見は、年号を和銅と改名するほどの
大事件であり、それほど銅へのニーズが強く、
そのことを秩父の田舎の人が知っているほど、
大和の権力が秩父にまで及んでいたこと、を示している。
つまり、その時代には既に山師が生業として成り立つほどに
秩父にも権力と富ができていた、と言うことですね。

清水
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昨日の第4回は、生憎の五月の雨でしたが、新緑に溢れていました。

今回は、山の麓の6ケ所。
 20番:岩之上堂
 21番:観音寺
 22番:童子堂
 23番:音楽寺
 24番:法泉寺
 25番:久昌寺

以上、ULしました。

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第5回秩父札所巡り

昨日で札所30番まで巡り、これで駅から手軽に回れる所はほぼ終わり、
次回は、途中、バスでショートカットして3ヶ所回り、
最終回は一日かけて1ヶ所往復して、最後の34番へ行き、完了予定。

江戸巡礼古道や秩父ハイキングコースを繋いで歩き回る企画ですが、
昨日は、秩父もだいぶ山深い雰囲気が出てきました。

26番:円融寺?奥の院(岩井堂)
27番:大渕寺
28番:橋立堂
29番:長泉院
30番:法雲寺

清水

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皆さん

梅雨空の中、昨日、第6回に参加。幸い、ほとんど雨は降りませんでした。
今回は、山の中のお寺ばかり3ヶ所を巡りました。
山の麓の崖沿いに建てられたお寺でした。

まだ緑が無く、梅の花が目立つ3月から始めて、
既に6月。緑が深くなっていました。

32番:法性寺
31番:観音院
33番:菊水寺

写真のULも慣れてきて、今回はスムーズにできました。
何故か、エラーが一件も発生せずでした。
(ファイルサイズを小さくなるようにした効果か?)

清水



投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-3-18 20:15:19 (925 ヒット)

横浜の公園の鳥達

アルバム

スライドショー Link missing

小生が犬の散歩がてら撮りためた横浜の都筑区の公園の鳥達の写真を掲載しました。名前をちゃんと調べて記載するつもりですが、今日は一括アップロードの再試行で疲れたので、追々記載していきます。

こんな鳥達が住宅街の公園にいるなんて嬉しい限りです。めじろも目の前に飛んできたことがあったのですが、残念ながらシャッターチャンスを逸しました。

長野さん

小生もぼちぼち鳥達の名前を調べて書いていくつもりですが、名前が分かるようであれば是非記入してください。

以上です。千谷でした。
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千谷さん

鳥の名前ですが、書き込み方を勉強して行いますが

概略都会で見かける鳥は次の通りで追いかけます。

水鳥かそうでないか

水鳥
アヒル、かも・・・細かいことは別としてすぐ分かるので省略
その他・・多きいいのですぐ分かる
水鳥以外

すずめを基準として大きさから調べる

大きさ>>すずめ
・はとはわかるね
・きじばと・・はとの親戚
こじゅけい・・たまにみかける
大きさ>すずめ
・ひよどり・・ぴよぴよとうるさくなく鳥。上の方を飛ぶ。多い
・むくどり・・地面をうろうろする。くちばし黄色い。多い
・つぐみ・・地面をうろうろ、まあまあ見かける
大きさ?すずめ
・しじゅうから・・頭?が白っぽい・・結構多い
・かわせみ・・大変うつくしい・・水辺でみかける
・こげら・・きつつきの一種


なお、双眼鏡は必須品です。

長野
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千谷さん

小鳥の写真、いいですね!
散歩をしていて、鳥の多さ(種類も含めて)に驚いていたので、
これを見て、望遠レンズ(+一眼レフ)が欲しくなった。
散歩道は、川沿い、林沿いが多いので、鳥が沢山集まっています。

赤い目の鳥が写ってましたが、奇妙な感じがしたが、
いるのですね。

清水
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投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-3-16 2:31:40 (992 ヒット)

皆さんへ

エジプトの写真を、ULしました。ご覧下さい。(ここをクリック)

スライドショーはここをクリック - link missing


メモ用に取ったものばかりで、
紹介するのにふさわしいものが無かったのですが、受け取った感じを説明する
写真として載せました。

良い写真を撮るためには、やはり、千谷さんのように一眼レフで、
切り取るように撮るのがいいですね。
今回は、ビデオとデジカメで、手当たり次第に記録した感じです。
本人としては、それなりに臨場感があって意味あるのですが、
第三者にとっては、無意味な写真とおもわれます。
それで、なるべく、コメントを付けておきました。

今回、始めてビデオを使ったのですが、
(25年ぐらい前、初期のビデオの経験はありますが)、
HDになっていてTV画像より綺麗!しかも長時間たっぷりで、
記録メディアとしては、デジカメの気軽さとは別な意味で、よかった。
(25年の半導体の進歩がそのまま実感できた感じです)
しかし、このビデオを再生・編集するには、今のPCでは、力不足!

清水
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旅行後記

いやぁー、すごい迫力ですね。
エジプトの写真、見ました。
あれで普通のデジカメですか?
よく撮れてますねぇ?。
行ってみたくなりましたよ。

ところで、食事の方はどうでしたか?
中近東は行ったことがないので、あまり想像出来ないのですが。
全般に快適な旅行が出来ましたか?

小生の方は、明日からまた上海です。

高岡
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清水さん

エジプトの写真、見させてもらいました。実際に行った人でなければ分からない迫力が伝わってきました。
良い写真です。でかいものをでっかく写すのは難しいですが、
上手く人が配置されていてよくスケールが伝わりました。大河の沿岸なども写真にしにくいですが、
雰囲気がよく伝わってきます。コンパクトデジカメもなかなか大したものですね。

私もそのうちエジプトにも行きたいと思っていますが、
食べ物や治安はどんな感じですか? だいぶ昔にあった観光客に対する
テロはどんな背景で起こったことなのでしょうか? 
そういう問題は今は消滅しているのでしょうか? 
あまり気にするほどのことがなければ是非エジプトには行ってみたいものです。

千谷
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千谷さん、高岡さん

食事の件:
水道水は当然ダメなので、ペットボトルを持ち歩きましたが、
食事で”サラダを食べてはダメ!”と厳しく言われました。
特に、葉もののサラダ。
理由は、水道水で洗ってだしているので、
サラダを食べるときに水道水が入ってしまうから、
とのことでした。

食事は、豊富で美味しくて、しつこくなく、日本人には合いやすい
と感じました。
ところが、最後の方になって無性に日本食が食べたくなりました。
理由は、サラダが採れなかったため、結果的にお腹では脂っこさが
溜まってしまったのでは?と思っています。

ツアーの団体で、皆さん十分注意されてましたが、何人かの人が
お腹の調子を悪くされていました。皆さん同じ時期に、悪くなり、
1日ぐらいで治ってました。
個人的には、全然問題ない、の意識でしたが。
(当然、生ものは食べなかったし、町で果物を買って食べる、
と言うこともしませんでした。)

治安は:
町中に警官が溢れています。全員、小銃を担いでいます。
ホテルや少し大きめの建物の所には、機動隊の盾を大きくしたような
簡易型の見張り番に体を隠して立っています。
アスワンからアブシンベルまで、砂漠の中を行くときは、
コンボイを組んで、前後に警官の車が付いて時間を決めて
出発しました。(長いコンボイですが、実際に走り出すと
あっという間にバラバラになっていましたが)
カイロからアレキサンドリアまでの鉄道&バスでの移動時にも、
警官が付き添っていました。

と言うことで、これだけ書くと非常に危険な所?と思われるかも
知れませんが、感覚的には、非常に安全でした。
常に、警官の目があるので、スリや悪い人に捕まる危険性が無く、
歩いていて非常に安心感がありました。
この背景は、この国が観光で持っている国であり、一方、
昔のテロ事件があり、二度同じことが起こると、
この国の経済がガタガタになるので、意識的に治安を重視している
(とアピールしている)ように思えました。
(或いは、社会主義国家の名残で、多数の警官を雇ってしまった
残骸かも知れませんが、確認してません)

旅としては、バスで毎日走り回るギリシャよりも、
クルーズや鉄道でゆっくり移動するので、移動距離は長いですが、
はるかにゆったりと楽でした。
食事も、個人的には、ギリシャより豊富で美味しかったと思います。
アジアの汚さが気にならなければ、OKです。

清水
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投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-3-8 1:25:00 (1871 ヒット)

春の訪れ  ここをクリック 

北カリフォルニアは一月も末の頃になると昼間の温度も上がり、ナシ、桃、スモモ、の花芽が膨らみ始める。 オレンジ、レモンなどのかんきつ類は冬の間も、陽を受けて育つ.  1月19日

春の訪れ 2 ここをクリック 

近所の写真をとってみた。 1月22日 曇天

剪定の時節 ここをクリック 

二月がはじまると、桃科の花が一斉に咲き出し、「春たけなわ」になります。 一月下旬の今の時期が、剪定の最後のチャンスなので家内ははしごに登り半日働いてました。 剪定は長い付き合いの日系の方々に昔教わったのです。 この地には日本移民の伝統が脈々と流れてます。1月28日 曇天 

梨の花の時節  ここをクリック 

ことしは寒さが少しきついようだが、立春から数日、梨の花が一斉に咲き出した。 白い清楚な花で季節を通じてもっとも好きな花だ。 バードオブパラダイスもはちきれんばかりにふくらみ開花直前。 アレンジ用の蘭も初春の光を受けて美しい。 2月9日 晴天 

バレンタインデーとアーモンドの開花とボケ 晴天 2月13日 ここをクリック 


豊かな八重の花びらの野生のスモモ 2月22日 ここをクリック 


アプリコット(あんず)の果樹園 3月9日 ここをクリック

サンタクララバレーのサニーベール市は、シリコンバレーの中心に位置し、市内と近郊には、NASA(ナサ)、ロッキード、ヒューレットパッカード、アップルコンピューター、サンマイクロ、グーグル、ヤフー、インテル、AMD等のハイテクカンパニーの本社がひしめいている。 だがサンタクララは50年前は、果樹園、花園のひろがる北カリフォルニア有数の農業地帯。 日系移民もたくさん働いていました。 我が家から数分のところにかつての果樹園の一つがまだ栽培を続け、周りの景観とともに保護されています。 いまは三月のなかごろ前、七分咲きだったアプリコット(あんず)が二日たった今日もう散りだしたので、あわてて写真撮影。 サンタクララバレーは春の終わりの様相で、日中は初夏の日差しになります。 杏、桃、スモモ、さくらんぼが実をつけ急速に熟してでしょう。

日差しが強くなり、ヤングたちは半そでないしノースリーブに半ズボンだ。 わたしは今朝着替えを忘れてまだ黒のコールテン。 白い梨の木の花も殊に美しい。

散歩で今日もOrchard Heritage Park にやってきた。3月13日 ここをクリック  

アプリコットはガクだけになって枯れ木みたいに見える。 あとで サンタクララの写真を探してたら、 ウインチェスター氏の妻、 サラ ウインチェスターのカラー写真がみつかる。 

りんごの花が咲きだす。 3月19日 ここをクリック  


桜の園 (Cherry Orchard) 3月19日 ここをクリック  

チェリーの週になりました。 広大なチェリーオーチャード(Cherry Orchard)が半分売られて、ショッピングセンターになり、のこり半分は市営の桜の園として残されました。 市営のテニスコートに隣接りしてます。

八重桜がほぼ満開になりました。 4月5日 ここをクリック  

四月になるとサニーベルの図書館にある八重桜がほぼ満開になり、 遅咲きの梨の木も葉の緑が白い花を押しやるようになります。

御近所の前庭 4月17日 ここをクリック  

四月も中旬で近所の前庭には晩春から初夏の花が盛りです。 戦前の日系の方々の生活を偲ばせる全然芝生のない花と野菜の金沢さんの庭を中心に御近所の前庭(Front Yard)を撮りました。 

昨日に続いて今日も近所の写真を撮りました。

デジタル一眼レフ EOS KISS のEFS 18?55mmとEF 75?300mmで写真を撮る. 5/15/2008


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-3-7 19:04:19 (1053 ヒット)

大学時代の友人、藤沢君が、アメリカ整形外科学会出席で来訪したので、半日の観光案内となる。 市内観光は以前にしたみたいなので、頭をひねって、三箇所を周る。

フェリー乗り場:スタンドの店でシーフォードの昼ごはん、藤沢はロブスターハンバーガー、小生はシュリンプアンドチップスを注文。 そんなに悪くない。 昼食後、ファッションで有名なUnion Street を通って、シスコを西に突っ切る。 

プレシディオ: ここは近年、軍の基地返還で市有になった広大な一等地。 100年前のシスコの面影も見られ、ゴールデンゲートの下で釣りも出来る信じられないいいところ。 釣り竿を車にをいれて出たのだが、時間的に無理だった。 釣れてたのは、鯛とカニ。 

ハーフムーンベイ: シスコから30分南に下った、昔はひなびた漁港。 いまはヨットハーバーががかなりのエリアを占拠して、自然が失われてしまった。 だがすこし離れると、カリフォルニアの自然の海岸に出られる。 少し歩いて、今日の収穫を教てもらった。 ひとりは、バケツいっぱいのMussel Shell(ムール貝)、もうひとりは4匹のうなぎ。しかし胴体が太く、はもみたいだった。

帰宅して、夕食は 活きてるカニをゆでたのと、尾頭付きのタイ。

写真は ここをクリック。

浦田


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-3-1 20:52:06 (1189 ヒット)

サニーベールのフリーマーケットでの写真と ビデオを アップロードしました。 お暇なときにごらんください。 それとスタインベックの話です。

マーケットにでてたのは、野菜、柑橘類、アスパラ、いちご、ガーリック、キウイ、珍しいところで ざくろ、でした。 蘭は安くて新しいので、毎週アレンジ用に、葉子(うちのかみさん)は買ってます。 これらは皆さんが御存知のべブルビーチの近く、サリナス、ワトソンビル、サンタクルツ、からきます。 わたしはスタインベック カントリーと呼んでます。 むかしは全米に貨物輸送でイチゴをはじめとする、カリフォルニアの農産物をおくっていました。 エデンの東、怒りのブドウ、アメリカの名作はここから生まれました。 日本人も農業労働に従事しましたが、WWIIで収容所に押し込まれ、多くの人は家も畑も失いました。 戦後ゼロからのスタートの末、農地、農園を持てた人達もでました。 写真のひとつにHamada Farm が映ってます。

イタリア系の移民が残したのかガーリックは特産です。 アスパラが新鮮だったので買ってきました。 見つけた新しい店は、インド人シーク教徒のインド料理 テイクアウトでした。 以下は写真集です(URLは長いので切られて二行になるかもしれません。つなぎあわせて 貼り付けをしてください。)

Flea Market

ストリートミュージシャンの演奏もお聞きください(短いです)
PC用:
Street Musician PC
アップル用:
Street Musician Apple

30年前、スタインベックは生家の町のサリナスでも、ほとんど誰も知らない状態で、生家にも看板がひとつたってただけでした。 農業労働者のありようを見つめる各過程で、社会主義、コミュニズムに傾斜していったからです。 現在は見直されてるのか、地元が観光のために利用してるのか、ミュージアムも出来、足跡も知られるようになりました。 もちろん圧倒的に多いのが日本人の観光でしょう。 

Steinbeck Museum

皆さんもべブルビーチに行かれるときは、スタインベックカントリーを満喫してください。


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-2-23 17:34:21 (936 ヒット)

横浜みなとみらい地区に昨年クリスマスイブに行ったときのスナップの一部です。クリスマスイブの感じは最後の写真だけで、他は単なる夕暮れのスナップです。見てみてください。(ここをクリック)


木原さん
少しゆとりができたので、じっくり写真を見させていただきました。昭和記念公園って写真で見る限り随分立派な公園ですね。花も綺麗です。

西伊豆には小生も先週一泊で行ってきました。同じように雲ひとつない天候に恵まれて、富士山を堪能しました。同じ構図で戸田の港の写真もとりました。伊豆西海岸もなかなかよいですね。小生は大学の先生や地元の方々と伊豆振興研究所というNPOの副理事長というのをやっているので、伊豆はもっと勉強しなければいけない立場です。

清水さん
燕岳って相当高い山だと思いますが、よく登りますねえ。写真もよく撮れています。コマクサというのを初めて知りました。小生も低山歩きならお付き合いできると思います。是非皆で挑戦しましょう。

千谷


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-2-18 6:54:21 (1530 ヒット)

建国記念日の休日に近所の昭和記念公園に早春の花を見に行ってきました。
花芯が青紫の蝋梅、花芯も花弁も黄色の素芯蝋梅、雪の中の福寿草、クリスマスローズなどなど。
紅梅のつぼみはふくらみ来週あたりは開花しそう、、。
土曜日に降った雪がまだ残っていたものの、早春の陽光の中での午後の散歩はなかなか快適でした。
ここをクリック



投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-1-19 4:48:26 (1895 ヒット)

写真の話題になっているので小生からも1枚。

熱海の温泉に行ったことがなかったので、先日行ってみたのですが、行った所が熱海の隣の伊豆山温泉で、昔は新婚旅行でよく使われていたという話。
泊まった所も、大変クラシックで、泊り客も昔新婚旅行できたことがあるのでは
と思われる年配のカップルもみられ、大変趣のある旅館でした。
1月12、13日だったのですが、着いた日は小雨、翌朝窓から見える東の海から
朝日を望むはずだったのですが、写真のような、また違った趣の海になり、これはこれなりにいい眺めだったので、写真に撮った次第。

因みに、熱海の梅園では、もう既に、ちらほら梅が咲いていました。

高岡





投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-1-19 1:47:02 (1000 ヒット)

鈴木さん

いい富士の写真が撮れてますね!

建物が飛んで、富士だけがしっかり立っている!

先月、富士の写真を撮りたいと、金時山に登ったのですが、
曇っていて撮れず!
夏の北アルプスといい、どうも写真の天気に恵まれていません。
日頃の行いが悪いのか、いずれも同じメンバーで雨男がいるのか・・


散歩していて見つけた「標識」から、・・

家の近くに、野火止用水と府中街道が交差したところが、
「九道の辻」と言われていて、
六道世界に、あと何を足したのだろう・・と思っていたら、
標識に詳しい由来が書いてあった。(添付写真)

なんと、「江戸道、引股道、宮寺道、秩父道、御窪道、
清戸道、奥州街道、大山街道、鎌倉街道」の9つの道が
分岐していた所!
確かに、ここから4Kmほど南下すると”ハケ”の下に
国分寺跡があり、そこから2Kmほど南下して、
多摩川の手前が府中跡。
古代、今の都心はまだ海辺の湿地帯で、メインの道は
この府中=国分寺を通って関東原野を抜け信州、奥州へ
行っていたのだろう、と想像。

清水


投稿者: nobuour 投稿日時: 2008-1-19 1:23:37 (1131 ヒット)

今冬のカルガリーは降雪量が少ない。年々、スノーストームが減って来ているのは有り難いが近くでクロスカントリースキーを楽しむ事が出来ない、、、。 画像で紹介したとおり、昨日もカモ類が我が家の上空を朝夕飛来する、これが真冬の光景とは誰が想像するだろうか? 





今朝の気温ー6℃ 少し雪が降るとの予報だ。


撮影時刻 1月18日17時40分






写っている鳥は全てカナダグース


北側の空に月が出ていた


土田紘一さんのブログサイト:      http://red.ap.teacup.com/kimkoi/76.html


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