小生は、リタイアして、現在、transientの過程で、今週は、1回会社に行ったのみ。清水さんの言っていた、すぐに家を出たくなる、という意味がわかりますね。 というわけで、いつものように5時半起きで、家を出て朝1時間ほど散歩。散歩している人が多いのに驚きました。 来週は、台湾へ新社長と一緒に挨拶回りで、これが最後の海外出張になるはずです。今月初めは日曜から土曜まで、北京、上海、杭州、深セン、広州、香港と駆け足で廻ってきましたが、とにかくどこも暑い。
杭州の西湖で撮った蓮の花がきれいだったので添付します。 数年まえの写真も添付しました。 ここをクリック。
実は、この日(7月9日)、朝6時からこの西湖の周りを一周、2時間半かけて散歩しました。そのときの写真です。1時間半くらいで一周できるだろうと思っていたのですが、行けども行けども元のホテルにたどり着かず。。。 9時にお客がホテルロビーに迎えに来るので、あわててシャワーを浴び、やっと間に合ったという、思い出の蓮です。 高岡
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 白楽天・蘇東坡と西湖 浦田
杭州市街の西に位置する西湖は、その美しさから、古来文人墨客に愛されました。 「天上に天堂あり、地下に蘇杭あり」 は 蘇州、杭州は、天国と並び賞されるほどの素晴らしい所という意味です。 西湖周辺の景観はそれほど美しいといいます。杭州の代名詞ともいうべき西湖を、今日のような景勝の地として手を加え始めたのは、白居易(白楽天)です。 平安時代の貴族、清小納言、紫式部ら女性を含む、の必須の教養「白氏文集」の白楽天です。彼の本業はお役人。彼は刺史(しし)として杭州に三年間赴任しています。刺史というのは地方長官で、現代的に言えば、県知事でしょう。 李白や杜甫と違い、白居易は役人としても力を振るい、杭州刺史の間に、西湖の北側に堤防を築き、蓄えた水を灌漑に利用しました。この堤防は白居易にちなんで白堤と呼ばれています。ちなみに、この白堤の付け根にある断橋は、白蛇伝で許仙と白素貞が出会う舞台です。
白居易が杭州を去ってから二百数十年後、同様に蘇東坡が赴任してきて、湖の西側に更に長い堤防を築きました。 西湖を南北縦断しているこの堤を、蘇堤といいます。 蘇堤を北に上っていくと、その付け根に岳廟があります。 南宋の英雄、岳飛が祭られてます。
西湖にちなんだたくさんの詩の中から、蘇東坡と楊万里の読んだ漢詩を掲載しました。
1. 飮湖上初晴後雨 湖上に飮す 初め晴れるも後に雨ふる 蘇東坡 北宋 水光瀲晴方好 水光瀲艶(れんえん)として、晴れてまさに好し、 山色空濛雨亦奇 山色空濛として、雨も亦た奇なり。 欲把西湖比西子 西湖をもって西子と比せんと欲すれば, 淡粧濃抹總相宜 淡粧濃抹すべて相宜し。
水面にはさざ波のしきりに起って、晴れてちょうどよい、 山の色が雨にけぶる風情もなかなかのものである。 西湖を西施と比べて謂おうとすれば、 薄化粧も濃い化粧も(晴れても雨であっても)、どちらもなかなかふさわしい。
西施は中国で一番の美女の一人で、芭蕉が奥の細道旅行の象潟で詠んだ
象潟や 雨に西施が ねぶの花 芭蕉
の句で有名です。 ねぶは合歓(ねむ)のことです。
2.暁出浄慈寺送林子方 明方浄慈寺で林子方を送る 楊万里 南宋 畢竟西湖六月中 畢竟西湖 六月の中 風光不与四時同 風光は四時 同を与えず 接天蓮葉無窮碧 天に接す 蓮葉の碧は無窮にして 映日荷花別様紅 映日荷花の紅は 別の様なり
西湖は六月が譬えようも無く素晴らしい 景色もいつもとは全く違い 天に続くほどの蓮の葉は限りなく蒼く 日に照らされた荷花は一段と美しく紅い。
楊万里のこの詩は、直截簡明に西湖の蓮の美しさを詠ったもので、多くの人に感銘を与えている。ことに蓮の葉の碧と、花の紅との対比は、鮮烈である。
杭州西湖は中国古典水墨の中心の風物の一つで、西湖を愛した白居易、蘇東坡、彼らに傾倒した、芭蕉、蕪村ら日本の文人の憧れの心象でした。しいて言えば京都嵐山相当でしょうか。
それでは、蕪村の難解な句をどうぞ。
白菊や 呉山の雪を 傘の下 蕪村
西湖の呉山の雪のような白菊が古い傘で覆われている。 浦田より 11/16/2008
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 浦田様
中国には昔から素晴らしい場所が沢山在り、有名な詩人を送り出したのも頷ける感じが致します。 時に白居易は生後既に五、六ヶ月で「之、無」の二字を知り、五、六歳頃には詩を作ることを学び、九歳の頃には漢詩作りに必要な声韻を知ったそうです。白居易と言う名を見て、「長安は物が高くて、居はとても易くないぞ」とからかわれたそうですが、彼の作る詩を見るにつけ、「これほどの才能なら、名のとおり天下に居ることは難しくない」と顧況が言ったとか。その後、進士に及第、校書郎に補せられ、学士となり、その後刺史に転じ次々と出世したが、自ら地方に出ることを願い出て、杭州の刺史に任ぜられ、西湖の堤を増築して眺望を良くする一方、州民の飲料水の確保に努力したとあります。 白居易が西湖にたどりつくまでには長い年月が掛かりましたが、その年月と同様に長い間詩を作り続け、我々に素晴らしい贈り物を授けてくれました。本当に彼の抜きん出た才能に敬服致します。彼の詩は素晴らしいです。
桑水 11/17/2008 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー それでは、白楽天です。
杭州春望 白居易 中唐
望海樓明照曙霞 望海樓 明らかにして曙霞(しょか)照らし 護江堤白蹋晴沙 護江(ごこう)堤白くして 晴沙を踏む 濤聲夜入伍員廟 濤声(とうせい) 夜入る伍員の廟 柳色春藏蘇小家 柳色春藏す 蘇小の家 紅袖織綾誇柿蒂 紅袖(こうしう)綾を織りて柿蒂(したい)を誇り 青旗沽酒趁梨花 青旗 酒を沽(かひて)梨花を趁(お)ふ 誰開湖寺西南路 誰か開く 湖寺西南の路 草�刳綛�一道斜 草は�僂槙綛�(くんよう)一道斜めなり
望海楼は明るく朝焼けに照らされ 銭塘江の堤の砂白く、晴天に踏んで散歩する 夜に伍子胥の御廟に波の音が響き 春の柳が蘇小の家をこんもりとおおう 赤い袖の娘たちは柿蔕花の織物が自慢 青い幟の酒屋では梨花春が買われる 孤山寺西南の路は誰が開いたのだろう 草の緑がスカートのように一すじ斜めに続く
解説
「望海楼」は、自注に「城東の楼を望海楼と名づく」とあり、当時杭州の街の東から、有名な「浙江の潮」(銭塘江の逆流現象。中秋の満月のころにおこる)が望まれたらしい。 「伍員廟」は、春秋の末に呉に仕えた伍子胥(ごししょ)を祭ったおみや。伍子胥は呉王夫差に自殺を命ぜられその亡骸は川に投げ捨てられた。そのため怨念があらわれ川の航行を妨害するとて、人々は伍子胥の霊を慰める祭りをするようになったという。長江その他江南の川ぞいの町に水神として祭られている。 「蘇小」は、蘇小小のこと。六朝時代この地に名を馳せた妓女。西湖のほとりに墓があった。 頸聯の「柿蔕」は織物の名。「梨花」は梨花春という酒の銘柄。いずれも当地の名産である。 白居易は、長慶2年(822)、杭州刺史(知事)として赴任し、足かけ3年ここにいた。この詩は長慶3年か4年の作。白居易52、3歳であった。風光明媚なこの地が気に入り、楽しんだ。 この詩は杭州のよいところを全部詠みこんだ趣がある。西湖の泥をさらえて堤を作り、桃と柳を植えていやが上にも気色を美しくしたという。白居易の築いた堤を「白堤(はくてい)」と称する。のちに蘇東坡がここに赴任し、白居易を真似て「蘇堤(そてい)」を築いた。
石川忠久「漢詩をよむ・春の詩100選」を編集
浦田
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 浦田さん 杭州西湖について書かれているので、もう少し写真を追加したいと思いますが、これに追加するのははどうすればいいかわからないので、このメールに添付します。 (この写真は数年前の11月に行った時のもので、前回とは季節が異なりますが)白楽天が作ったという白堤、その付け根にある断橋残雪という橋、岳飛、等々、なかなかこれという写真がないのですが、少しましなものを取り揃えました。よければUPしてください。 高岡 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 浦田論評
高岡さん、 貴君の追加写真をカテゴリー「杭州西湖の蓮」に追加して、タイトルも入れました。 貴君の蓮の写真と楊万里の7言絶句の転結: 接天蓮葉無窮碧 天に接す 蓮葉の碧は無窮にして 映日荷花別様紅 映日荷花の紅は 別の様なり 天に続くほどの蓮の葉は限りなく蒼く 日に照らされた荷花は一段と美しく紅い。
を比べると、中国文人の詩が解りますね。「白髪三千丈」です。
奈良時代より、日本の文人はこの中国流の誇張というか、調子に、実景をみてないので、ころっとだまされ続け、はるか「もろこし」の絶景を夢想し詩をつくってきたわけです。 ようするに 片思いですね。
西湖にしても、わが故郷伊勢志摩の英虞湾のほうが何十倍も美しいと思いますが、歴史的な遺産の美的認識は物理的な美しさとは相関しませんね。最上川 大石田近辺も「五月雨を、、、」のたった一句のお陰で、人が集まる観光地になってますから。
西湖は中国を代表する何人かの文人が詩をよみ、景色にも手をくわえてるわけで、中国人にとっては、最大の歴史文化遺産だと気づかされます。 中国への観光旅行でひどい目にあった、日本人の「中国大好きおじさん」の話を聞いたことがありますが、片思いはずっと続いてるのでしょうね。
浦田
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 高岡論評
浦田さん 追加写真のUPどうもありがとうございました。 中国の観光地には、周りが汚い所があって、 ここをきれいにすればいいのにと思うところも結構ありますが、 いいとか悪いとかいうのは結局自分の気持ちの問題だから、 片思いでいいのではないでしょうか。 我々の時代は、漢詩を習ったから、どうしても思い入れがありますね。 白髪三千丈に騙されるのも悪くはないのでは? 万里の長城や、秦の始皇帝の陵墓、兵馬俑など、 本当に巨大なものもあるので、どこまでが本当でどこまでが 誇大広告なのか判然としないところがまたいいのでは? でも、杭州西湖はなかなかいいところですよ。 14年位前に初めて行って、これまで6回行ってますが、 年々きれいになって行きますね。 西湖の西側の湿地をまた湖にして、どんどん拡大しています。 周りには、龍井茶で有名な龍井や霊隠寺という巨大なお寺、 清の時代の街を再現した清河坊、川の水が満潮時に逆流する (見たことはありませんが)銭塘江などもあり、結構楽しめますよ。 杭州料理、杭州菜といいますが、これがまた美味。 洗練された味でなかなかのものです。 そう言えば、蘇東坡の名に因んで付けられた「東坡肉(トンボーロウ)」も杭州菜の一つ。 我々の子供に漢詩の話をしてもまったく通じませんが、 中国の人は、学校で相当習っているらしく、我々が付き合うような人のほとんどが、よく知ってますね。 やはり自分たちの文化を大事にしているのでしょう。まあ自分たちが世界で一番偉いと、本音では思っているのでしょうから。 高岡
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