杉井清昌氏 IS研究所 所長 セコム の御好意と 甘利 康文氏 同じく IS研究所グループリーダ の御熱意で 「安心への方法論」と題して日々の安全と安心について連載中です。 みなさま御参考にしてください。
                                                    理事 Webmaster 浦田






ーーー目次ー(読みたい回をクリック)ー

第1回: 安心への方法論

第2回: 安心の正体

第3回: セキュリティとはなにか


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第2回: 安心の正体

「守るべきもの」を明らかに


 前回「安心への方法論」では、安心に至るための3つの方策についてお話ししましたが、人々が求めてやまないこの「安心」というのは、そもそも一体どのような概念なのでしょうか? 今回は、この「安心」の正体について考えてみます。

 最近、日本でもペットボトルに入ったミネラルウォーターを飲料水にしている人が多くなってきましたが、それでもまだ多くの人が水道の水を飲んでいます。皆さんは日本や米国内において、水を飲む際に安心を意識したことがあるでしょうか? おそらく、これを強く意識されたことのある方はあまり多くないのではないではと思います。日本や米国内においては浄水設備が整い、水道の水であれば、おいしいまずいは別にして、ある一定の衛生基準を満たしていることを知っているからです。

 一方、水道の浄水設備の状況が分からない国にいる場合はどうでしょうか? 人は、水を飲む際に、「安心」して飲めるかどうかについて真剣に考え、安心ではない、すなわち不安であると感じた場合には、安心して飲めるペットボトル入りの「飲料水」を購入して飲むという行動を起こします。逆に、皆がペットボトル入りの飲料水を飲んでいる地域においては、人は水道の水を飲むことに不安を覚えます。

 人は、不安を感じる状況に至らない場合は、特に安心を意識することはありません。すなわち、安心と不安では、不安のほうが先にある概念なのです。安心とは、「不安や心配のない(少ない)心の状態」と説明できます。 それでは、改めて「不安」とはどういう心理状態のことを言うのでしょうか? 不安の正体を明らかにすることは、逆説的に安心の正体を明らかにすることにつながります。

 結論から言うと、不安とは「ある財産の価値が失われる、損なわれるのではないかという気持ち」のことであると言えます。「気持ち」ですから認識されたものであり、主観的なものです。ここで言う「財産」とは、個人の場合、例えば、生命、肉体、健康、家族、友人、お金、モノ、記憶、思い出、名誉、信頼、可能性など、有形無形を含む広い意味での財産のことであり、文化的背景、生活環境、時代背景、思想的背景などでその価値が決まってきます。

 財産があるところに、必ずそれを喪失する可能性であるリスクが客観的に存在します。そのリスクを認知して始めて主観的に「不安」を感じるのです。そしてその不安が、「ない」もしくは「少ない」という感覚があるときに、はじめて人は「安心」を感じます。したがって、「安心」を論じるためには、自分が大切に思っているもの、すなわち、広い意味での財産を棚卸しして整理する必要があると言えます。



財産とは、先にあげたようなもので、皆さんが「守るべきだ」と感じているもののことです。守るべきものが明らかになると、その守るべきものに影響を与えるリスク、すなわち脅威が想定できるようになります。そして、この段階になって、はじめてその脅威に対し、前回述べた3つの対抗手段を講じることができるようになるのです。「脅威」が想定出来ると、その脅威に対する具体的対策を施すことができるようになります。そして、これらの対策が有効に機能していると感じるとき、人は「安心である」と思うのです。

 日々の決済に使うパーソナルチェックの普及がほぼゼロに等しい日本では、まだまだタンス預金のような形で自宅に現金をおいている人がいます。守るべきものが、この「タンス預金」であったとすると、これに対する脅威は火災や泥棒ということになります。このように具体的脅威を想定できると、それから守るべきものを守るために、耐火性能に加えドリルやバールなどの工具類による破壊からも内部を守る防盗金庫を利用する(リスクコントロール)とか、セキュリティシステムを活用するとか(クライシスマネジメント)、そして盗難保険に加入する(リスクファイナンス)というような具体的対策が考えられるようになるのです。

もちろん、究極の対策は、自宅に現金をおかないという意味でパーソナルチェックの右に出るものはないでしょう。日本においてパーソナルチェックの普及率がゼロに近いのは、治安が悪化してきたと言っても、まだまだ日本は安全であることの証左であるとも言えます。

さて、ここで、守るべきものが自らやご家族の「健康」だったらどうでしょう? 「家族の平穏な生活」だったら? これらは演習問題として、ぜひ皆さんご自身で考えてみてください。どのような脅威とそれに対する対抗手段が考えられるでしょうか?

 皆さんは、日々生活するうえにおいて、ご自身の「守るべきもの」をはっきりと意識していますでしょうか? これを明らかにすることが、本当の意味で「安心」した日々の生活を送るための第一歩となります。

 日本には、泥棒に関する話をすると「わが家には取られるものがない」と言われる方がいらっしゃいます。本当にそうなのでしょうか? 「守るべきもの」は決して家の中にあるモノだけに限りません。「平穏な日々の生活」、泥棒に入られるとこれが損なわれ、復旧するのに、金銭的コストのみならず膨大な心理的負担がかかります。

 守るべきものを明らかにすること、本当の安心への第一歩はここから始まるのです。


セコムIS研究所
セキュリティコンサルティンググループ
甘利康文

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